2008年に国の史跡になった。
大工事となった江戸城の普請では、実に工事区域の6分の1を担当。
この前田家で多くの苦労を重ねたのが、
藩祖・利家から3代目の利常だ。
利常は家康にも警戒されたという覇気の持ち主。
後に金沢城の補修や新たな家臣の採用を巡り、謀反の疑いをかけられた。
誤解を解くため命を賭して江戸に出向く一方、
国元の文化・芸術を振興し、農業を改革。
将軍家との緊張関係の中、120万石の家領を保ち、
「政治は一加賀」とたたえられた。
“創業と守成のどちらが難しいか”
と太宗から問われた魏徴は、創業の辛苦を知る者がいなくなった時、
守るには創業にも増した激闘が必要になる等とした。
金沢城の窓や石垣には防御の工夫が凝らされ、「守成」の精神が光る。
事業を守り発展させるために、創業の心を継ぎつつ、
それを上回る情熱で挑戦を重ねよ――そう教えているようだ。(由)